2018年2月17日土曜日

平成30年2月 観音朝詣りのお知らせ



まだまだ寒さ厳しい時ですので
十八日の朝詣りは午前9時から行います。

2018年1月21日日曜日

30年1月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

正月の祥雲寺、門松は門前の小学校でどんと焼きに使われます

蝋梅を見に今日は俳句の会の方たちが来られていました。

「知足」



本年もどうぞよろしくお願いします。

今年を迎え、この一年の抱負として、自分のテーマを「今あるものを大切にしていこう」としたいと思っています。


私には叔父がいました。
昔から大変よくしてくれて、成人後もよくお寺に顔を出してくれて、気にかけてくれていましたが昨年ガンで亡くなりました。
いつも大きい行事の時には手伝いに来てくれていたので、行事の度に叔父がいないことを再度認識し、改めて寂しく思います。

そして昨年末になり、今度は近所の住職さんがやはりガンで亡くなりました。
やはり小さいころから大変よくしてくれて、僧侶として活動するようになってからもよく気にかけてくれていたので、大変ショックでした。

自分も年を重ね、良くしてくれた人を見送る年代になったのだと感じます。
新年になってからもショックは残り、寂しさを引きずりながら日々を過ごしていました。

そうした中で三が日が過ぎ、作務をしながら心に浮かんだのは
「今あるものを大切にしていこう」でした。

生きている限り、これからも親しい人を失くしていくことは避けられないでしょう。
ですが、そればかりに気を取られていては心が萎れてしまいます。
過去の温もりを懐かしむばかりではなく、未来の失う寂しさに慄くばかりでなく、
今、目の前にあってご縁をもってくれている人たちをこそ大切にするべきなんだ、良い悪いによらずご縁があるというだけでも有り難いものなんだ、それをこそ、大切にするべきなんだ。

新しい一年を迎え、これを肝に銘じながら日々を精進して過ごしたいと思います。

                        祥雲寺副住職 安藤淳之




一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?



日時:1月22日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可) 
               6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
               7時20分~8時    (二回目の坐禅)

場所:祥雲寺本堂一階

用意:身一つで大丈夫です。
    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。


注意:初めての方は最初に指導を行います。
    その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。

また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。


 

2018年1月13日土曜日

平成30年1月 観音朝詣りのお知らせ

折り紙教室
花祭りの飾り花
 


釈迦牟尼仏 明星を見て悟道(ごどう)してのたまわく、
我と大地有情(うじょう)と同時に成道す
                        (瑩山禅師 伝光録)

 お釈迦様が悟られた御様子を伝える言葉です。
王子の位を捨てて苦行すること六年、苦行のみでは悟れないと感じたお釈迦様は、修行の地、前正覚山を下り、村の娘スジャータから乳粥の供養を受けられた後、ブッダガヤの菩提樹の下で禅定に入られました。
魔王たちはあらゆる誘惑と脅しと恐怖を以て悟りを妨げようとします。
それらの全てを制して、暁の明星が燦然ときらめく中にお悟りを得られた、これが仏伝に記されるお悟りの様子です。
 
 我と大地有情と同時成道とは、悟りの世界に立たれた、その境地からは、天地万物、生きとし生けるもの全てが悟りの世界にある。という意味でしょうか。

 仏像では、お悟りを得られた時の姿は、禅定印を解いて、右手の指先を大地に付ける触地印(そくちいん)で表されます。
経典には天魔の誘惑に対し大地の神がお釈迦さまを護っていることを示したとあります。
私には天地万物悟りの世界で一体なるを大地の感触を確かめることで示されたように感じられます。

 梅花流御詠歌では
  明けの星 仰ぐ心は 人の世の 光となりて 天地(あめつち)にみつ
 とうたわれます。

 釈尊の成道(じょうどう)によって天地万物が悟りの光に輝いているよろこびを詠っています。

 皆様が仏の慈悲につつまれお幸せに、そして輝かしい年でありますことを、年頭に当たり、祈らせていただきます。

 平成30年1月13日
                              祥雲寺住職 安藤明之

今回の朝参りは午前九時から行います。

2017年12月19日火曜日

12月1日、無縁供養水子地蔵尊例祭


毎年12月1日は祥雲寺無縁供養、水子地蔵尊供養の日です。
 
 祥雲寺の無縁供養は天明年間(二百二十年前)に起源をもつ伝統行事です。
私たちは普段の行いとして親類縁者の為の供養(一周忌等の年回供養)を行いますが、無縁供養は直接のつながりがなくとも自分たちに恵みを与えている諸々に、そして天地万物に対して行われる報恩感謝の供養です。

 この日に合わせて祥雲寺石彫り会「羅漢の会」の石仏の点眼式、水子地蔵尊の供養、また来山して頂いた皆さんに楽しんでもらえるよう演奏会を行っています。
石彫会による500羅漢の点眼式
新しく彫られた羅漢さま
無縁供養塔前での式

御詠歌講の方たちとお唱えしながら巡ります。

水子供養


宇都宮シルバーアンサンブルの演奏。
皆で昔懐かしの歌を合唱しました。



2017年12月16日土曜日

29年12月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内


フラワーアレンジメント教室作品


正見(正しく見る)『八正道』

 

先日テレビでOLをしている山ガールの取材が流れていました。

曰く、山登りの良いところは、何も思い煩う必要がないところにある、だそうです。

普段の仕事の場だと、気配り目配りが煩雑で、なかなか気が休まらない。

だけど山では、計画準備をきちんとすれば、ただ登り、ただ降りることだけに専念すればいいだけで、そこに全力を、迷うことなくつぎ込めばいい、そのシンプルさがいいのだといっていました。

私も山登りは好きです。

ただあるがままの自然の中では作為は存在せず、普段の社会の中での日常から離れて命を働かせる。坐禅の中で感じる清々しさにも似た印象を受ける事すらあります。

それは、雑念に惑わされる必要がない時間なればこそ、と思っています。

 

仏教では、迷いから離れる八つの正しい行い、八正道というものがあります。

その一番最初に来るのが正見、正しい見方です。欲に振り回されずに物を見る目を養うには、欲に振り回されている普段の自分から一度離れる必要があります。

 

「見たものを綺麗と思うのは、それを見たあなたの心が綺麗だから。」

 

昔どこかでこんな表現の言葉を聞きました。

山の中で見る景色をことさら綺麗と思うのは、普段と違うまなざしで見れているからかもしれないですね。
 
                                祥雲寺副住職 安藤淳之
 
 
 
一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?
日時:12月18日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可) 
今月は歳末の為第三月曜日に行います。

     6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
     7時20分~8時    (二回目の坐禅)

場所:祥雲寺本堂一階

用意:身一つで大丈夫です。
    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。


注意:初めての方は最初に指導を行います。
    その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。

また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。